このページでは労働条件の(不利益)変更について、説明をしています。
このページは、労働条件を不利益に変更する場合の限界や手続きをまとめました。
有利に変更する場合は問題となることはないので、もっぱら不利益に変更する場合を念頭に置いて記載しています。
1 労働条件を不利益に変更する場合の限界
労働条件を不利益に変更する場合の限界をまとめると概要以下のとおりとなります。
法令による限界 | 労働基準法等を下回る条件とすることはできません。 |
労働協約の変更に必要な要件 | 労働組合の同意が必要です。 |
就業規則の変更に必要な要件 | 労働契約法10条に定める要件を満たす必要があります |
労働契約の変更に必要な要件 | 労働者の同意が必要です。 ただし、就業規則の変更内容が合理的なものである場合には個別の同意は不要とされています(労契法10条、最大判S43.12.25)。 さらに例外として、就業規則の変更によっても当該労働契約は変更されない旨の特約が労働契約にある場合には、その労働契約には就業規則変更の効力は及ばず、個別の同意が必要となります。 |
2 就業規則の不利益変更の基準
まず、重要な、就業規則の不利益変更についてのまとめになります。
⑴ 労働契約法上の定めの確認
労働契約法は、就業規則に関して、以下の定めを置いています。
労働契約法9条
使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。
労働契約法10条
変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、以下の各要素に照らして合理的なものであるときには、不利益変更が有効となるとする(ただし、労働契約において、就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分は労働者の承諾が必要)。
・労働者の受ける不利益の程度
・労働条件の変更の必要性
・変更後の就業規則の内容の相当性
・労働組合等との交渉の状況
・その他の就業規則の変更に係る事情
なお、就業規則変更の合理性の判断基準を示した判例として、最判S63.2.16があります。この判例は「当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによつて労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいうと解される。特に、賃金、退職金など労働者にとつて重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。」と判示しました。
⑵ 不利益変更の判例の基準
ア 労働契約法9条の基準
労働契約法9条を反対解釈すると、労働者と個別に合意している場合には、就業規則を不利益変更できると定めています。その場合、労働契約法10条の要件(周知性の要件と合理性の要件)の適用はないとされていますが、賃金や退職金に関して不利益変更する場合の労働者の同意の有無は慎重に判断されなければならないとされています(最判H28.2.19)
最判H28.2.19
東京高裁H28.11.24 上記最判H28.2.19の差戻審
イ 労働契約法10条の基準(うち、合理性の判断基準)
判例は、不利益変更の有効性は以下の点で判断するとしています(最判H9.2.28)。ただし、賃金が減少する労働者が特定の職種または年齢層に集中し、かつ大幅な労働条件の低下をもたらす場合、多数組合との合意があったとしても、かかる労働者について代償措置・激変緩和措置が無ければ合理性がないとした判例(最判H12.9.7)もあるので注意が必要です。
・就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度
・使用者側の変更の必要性の内容・程度
・変更後の就業規則の内容自体の相当性
・代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況
・労働組合等との交渉の経緯
・労働組合又は他の従業員の対応
・同種事項に関するわが国社会における一般的状況
⑶ まとめ
最近の裁判例は、労働契約法10条の文言や判例の基準(ほぼ同じです)により判断しています。
具体的にはの以下の①~④の各判断要素を事案に即して検討し、結論を導いているように考えられます。
①不利益の程度
②変更の必要性
③内容の相当性(代替措置や緩和措置などを含む)
④労使交渉の状況(従業員に対する説明の状況などを含む))
なお、有効に変更された場合には、反対する従業員にも適用があります(労契法10条、最大判S43.12.25)。
⑷ 最近の裁判例
比較的最近の裁判例を、いくつかご紹介します。不利益の程度、労働組合等との交渉状況、従業員に対する説明の状況、代償措置・緩和措置などが大きな考慮要素のようです。
ア 不利益変更に当たらないとした裁判例
東京地裁立川支判H29.2.9(東京高判H30.1.25 控訴棄却)
Y社の従業員であったXらが、基本給の減額などを内容とする就業規則の変更が無効であるとして減額された給与の支払いなどを求めて提訴した事件です。なおYは労働協約を一方的に破棄している点が特徴的な事件でした。本判決は「以上を総合的に検討すると、新賃金規定への変更により、Xら・・・に及ぶ不利益は、5年間の緩和措置を前提とすれば、軽微なものであったというべきであり、能力主義や成果主義的要素を賃金に反映する経営上の必要性があったこと、新賃金規定が、子育て支援策等と合わせて、経営上の必要性に見合った合理的な内容であることが認められ、Yが組合に対し制度の説明を行い、組合の理解を得ることに努めていたことを併せ考慮すれば、新賃金規定への変更は、合理的な変更であると評価することができる。」としました。
大阪高判H29.4.20
中学校及び高等学校を設置するYの教諭であったXらが、退職金が減額された就業規則変更がXらを拘束しないとし差額の支払いを求めて提訴しました。本判決は「本件変更については、これにより被るXらの不利益は大きいものではあるが、他方で、変更を行うべき高度の必要性が認められ、変更後の内容も相当であり、本件組合等との交渉・説明も行われてきており、その態度も誠実なものであるといえることなどからすれば、本件変更は合理的なものであると認められる。」とする一審判決を維持しました。
イ 不利益変更に当たるとした裁判例
大阪地判R2.10.29
Yの従業員であったXらが退職金の支払を求めて提訴したところ、就業規則変更の効力が認められるかが争点となりました。本判決は「将来の退職金を失わせるという不利益の大きさに鑑み、その同意の有無については慎重に判断せざるを得ないところ、まず、Xを含むYの従業員とYとの間で、退職金制度の廃止に同意する旨の書面は取り交わされていない・・・。また、Xを含むYの従業員は、・・・退職金制度の廃止の説明を受けた際、特に異議を述べておらず、退職金支払のための積立型保険の解約返戻金も受領しているけれども・・・、従業員としての立場を考えると、そのことから直ちに退職金制度の廃止自体にまで同意していたとまではいえない。・・・労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとはいえず、Xの同意があったものとすることができない。」などとして、Yの主張を認めずXの請求を認めました。
東京高判H15.4.24
Yの従業員Xらが,就業規則(賃金規程)の変更により賃金を減額されたことに対し,就業現則の変更を無効と,減額された賃金相当額の支払を求めて提訴しました。本判決は「Xらの被る賃金面における不利益の程度は重大であり,これに対する代償措置も十分なものではなく,組合及びXらとの交渉の経緯もYが新賃金規程を一方的に説明したにとどまるものであったから,本件就業規則改定は,これに同意しないXらとの関係において,そのような不利益を法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであると認めることはできないものと判断する」としました。
福岡高判H23.9.27
Yを退職したXらが、退職金規程等の不利益変更は無効であるとして差額を求めて提訴しました。本判決は「〈1〉不利益の程度は・・・の減収であり看過できる金額ではないこと、〈2〉変更の必要性それ自体は認められるとしても、減額の幅が相当であるかは疑問であること、〈3〉変更後の就業規則の内容自体の相当性については、充足率の改善にはつながったものの、永年勤続の定年退職者について他の商工連合会に比べ低い支給率となっていること、〈4〉Yの主張する代償措置は上記減額に対応するものとはなっていないこと、〈5〉労働者との交渉の経緯について、各労働者の意見の集約を怠り、労働者側の反対を押し切って改正されていることが認められ、これらによれば、本件変更に合理性があるものと認めることはできない。」としてXらの請求を一部認めました。
ウ その他
大阪高決H28.5.23 会社分割を理由として労働条件を一方的に不利益変更することは許されないとした裁判例
3 労働協約の不利益変更
⑴ 労働協約の不利益変更の概要
労働協約を変更するためには、労働組合と合意する必要があります。なお、労働組合未加入者については、労働組合法17条が、1の工場事業場に常時使用される同種の労働者の4分の3以上の数の労働者が労働協約の適用を受けるに至ったときは、非組合員にも、当該労働協約が適用されると定めてます。ただし、未加入者に適用することが著しく不合理である場合には、適用が否定されることがあります(最判H8.3.26)。
就業規則よりも労働協約の定めが優先されます(労働基準法92条)ので、就業規則の変更内容が労働協約に抵触する場合には、労働協約の変更も必要となります。
有効期間の定めがない労働協約については、当事者の一方が署名又は記名押印した文書によって、少なくとも90日前に相手方に予告すれば解約することができるとされていますので(労働組合法第15条3項、4項)、変更後の就業規則が労働協約に反する場合、労働協約が解約されることもあります。この場合、労働協約の解約が不当労働行為と判断されることもあります(東京高判H2.12.26)。また、就業規則の変更の合理性判断において、解約された労働協約の内容も考慮されることもありえると考えられます。
複数の組合がある場合には、すべての労働協約を変更しないと、すべての従業員に適用されることにはならないと考えられます(東京地判H7.10.4)。
労働組合との合意により変更する労働協約は、当該組合に属する組合員に対して効力を有しますが(最判H9.3.27)、組合内部の意思集約につき、民主的な手続を欠いている場合には、労働協約の変更が無効とされる可能性があります(東京高判H12.7.26 広島高判H16.4.15)
⑵ 参考裁判例
最判H8.3.26
労働協約が組合員以外の労働者にも適用があることを前提に、「未組織労働者は、労働組合の意思決定に関与する立場になく、また逆に、労働組合は、未組織労働者の労働条件を改善し、その他の利益を擁護するために活動する立場にないことからすると、労働協約によって特定の未組織労働者にもたらされる不利益の程度・内容、労働協約が締結されるに至った経緯、当該労働者が労働組合の組合員資格を認められているかどうか等に照らし、当該労働協約を特定の未組織労働者に適用することが著しく不合理であると認められる特段の事情があるときは、労働協約の規範的効力を当該労働者に及ぼすことはできないと解するのが相当である。」としました。
東京地判H7.10.4
Yが、従業員Xらの加入する少数派の労働組合との間で締結していた賃金協定とは別に、多数派の労働組合との間に新たに賃金協定を締結し、これをXらにも適用しました。そこで、XらがYに対し、賃金を切り下げられたとして、差額金の支払を求めて提訴しました。本判決は「Xらに対し、旧賃金協定所定の労働条件と異なる内容を有する賃金協定の一般的拘束力を及ぼすことは、Xら加入労組が独自にYと団体交渉を行い、労働条件の維持改善を図る努力をすることを無意味ならしめる結果となることから、労働組合の有する団結権・団体交渉権を保障する観点からみて、許されないと解するのが相当である」とした。
最判H9.3.27
「本件労働協約は、Xの定年及び退職金算定方法を不利益に変更するものであり、昭和53年度から昭和61年度までの間に昇格があることを考慮しても、これによりXが受ける不利益は決して小さいものではないが、同協約が締結されるに至った以上の経緯、当時のYの経営状態、同協約に定められた基準の全体としての合理性に照らせば、同協約が特定の又は一部の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的として締結されたなど労働組合の目的を逸脱して締結されたものとはいえず、その規範的効力を否定すべき理由はない。」としました。
東京高判H12.7.26
「労働協約の締結は組合大会の付議事項とされているところ、本件労働協約締結にあたって組合大会で決議されたことはないから(争いのない事実)、本件労働協約は、労働組合の協約締結権限に瑕疵があり無効といわざるを得ない。」から、かかる協約に基づく給与の減額もその効力を認めることはできないとしました。
広島高判H16.4.15
「労働協約の締結は組合大会の決議事項とされているにもかかわらず、本件協約締結に当たって組合大会で決議されたことはないし、また、不利益を受ける立場にある者の意見を十分に汲み上げる真摯な努力をしているとも認められないから、本件協約は、労働組合の協約締結権限に瑕疵があるといわざるを得ない。」としました。