このページでは、民事再生手続における、相殺に規律(相殺禁止の範囲や、相殺に対する対応)についてまとめています。
再生債権者が再生手続開始当時再生債務者に対して債務を負担していた場合、再生債権者は相殺をすることができるのが原則ですが、債権者間の平等を図る観点から、93条、93条の2において、相殺が禁止されています。やや難しい内容が含まれますので、【専門家向け】とさせて頂きました。
以下、条文は、法律名が明記されていないものは、民事再生法です。
1 再生手続に相殺に関する規律及び、再生債務者の対応
⑴ 制度の概要
再生債権者が再生手続開始当時再生債務者に対して債務を負担していた場合、再生債権者は相殺をすることができるのが原則です。(92条1項。債権届出期間満了前に相殺適状となり、かつ相殺の意思表示をすることが必要)。
しかしながら、債権者間の平等を図る観点から、93条、93条の2において、相殺が禁止される場合が定められています。
再生債務者が相殺通知を受けた場合、あるいは、開始決定前に相殺通知を受けていた場合、かかる相殺が相殺禁止に該当しないかを確認しなければなりません。仮に、相殺禁止に該当する事由が発見された場合は、相殺を主張されている再生債務者の債権を、任意交渉又は訴訟等により回収を図る必要があります。
⑵ 再生債務者の対応
対応をまとめると以下のとおりです。
再生債務者の対応(時系列) | 内 容 |
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相殺禁止該当事由の調査 | 再生債権者から相殺通知を受けた場合、相殺禁止該当事由がないかを確認する必要があります。 開始決定前に相殺されている場合も、必要に応じて調査を行う必要があります。 |
任意交渉 | 相殺禁止にも関わらず相殺を主張して支払をしない相手方については、任意交渉を行い、回収を行います。 事案によっては、和解による処理を検討することもあります。 |
訴訟等 | 相殺禁止であるにもかかわらず、任意交渉でもまとまらない場合は、訴訟等の法的手段を取ることを検討することになります。 なお、訴訟提起には裁判所の許可又は監督員の同意が必要な場合が一般的です(41条1項5号)。 |
2 相殺が可能な場合(確認)
⑴ 原則の確認
再生債権者が再生手続開始当時再生債務者に対して債務を負担していた場合、再生債権者は相殺をすることができるのが原則です。
ただし、①債権届出期間満了前に相殺適状となっていること、②相殺の意思表示がされていること、③相殺禁止に該当しないことが条件となります。
なお、再生債務者から相殺することは、裁判所の許可がなければできません(85条の2)。また、再生債務者が相殺禁止に反した合意をしても無効と解されます(参考判例:最判S52.12.6)。
最判S52.12.6(破産) 破産管財人の行った相殺禁止に反する合意を無効とした判例
「相殺禁止の定めは債権者間の実質的平等を図ることを目的とする強行規定と解すべきであるから、その効力を排除するような当事者の合意は、たとえそれが破産管財人と破産債権者との間でされたとしても、特段の事情のない限り無効であると解するのが、相当である。」/su_spoiler]
⑵ 自働債権(=再生債権)が特殊な債権についての補足
期限付債権などが自働債権(=再生債権)である場合、相殺の可否が問題となることがあります。以下のように整理できます。
自働債権の内容 | 相殺の可否 |
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期限付債権 | 債権届出期間内に期限がくれば相殺が可能です(92条1項)。 なお、民事再生法には破産法103条3項にように、再生債権の現在化の規定がないので、債権届出期間満了までに再生債権について弁済期が到来していないと相殺ができません。もっとも、再生債権の根拠となる契約書に、再生手続開始等が期限の利益喪失事由であることが記載されていれば、弁済期が到来することになるので相殺は可能となります。 |
解除条件付債権 | 可能と考えられます。ただし、後に解除条件が成就した場合は、精算が必要と考えられます。 |
停止条件付債権 | 債権届出期間満了時までに条件が成就した場合のみ相殺は許されると解されます(参考判例:大阪地判H23.1.28 最判H28.7.8)。
大阪地判H23.1.28(再生) 配当請求権を自動債権とする相殺の可否が問題となった事例裁判例の詳細を見る 甲社(再生債務者)は、銀行Yの株式を所有していたところ、民事再生手続開始決定がされました。銀行Yが、株式の配当金支払債務を受働債権とする相殺の意思表示をしたことから、再生管財人XがYに対して、当該配当金等の支払を求めて提訴しました。 本判決は、剰余金配当請求権は取締役会決議でなく株主総会決議により初めて発生するとして、かつ、将来請求権としての剰余金配当請求権に係る債務は92条1項の「債務」に含まれないとして、Yの主張を排斥し、Xの請求を認めました。
最判H28.7.8(再生) 関係会社から同意を得ることを停止条件として相殺を行う約定に基づく再生手続開始決定後の相殺は、禁止されるとした判例裁判例の詳細を見る X(再生債務者)は、甲(Yと親会社と同じくする証券会社)及びY(信託銀行)との間で、それぞれISDAマスター契約を締結し、XはYとの間で、通貨オプション取引及び通貨スワップ取引を行っていたところ、Xの米国親会社乙社が平成20年9月15日米国における倒産手続であるチャプター11の適用申請を行ったことからISDAマスター契約により取引は自動的に期限前終了した結果、甲はXに対し、取引清算金として約17億円の支払請求権を取得しましたた。その後、Xは、同月19日再生手続開始決定を受けました。 YはXに対し、YがXに対して本件取引の清算金支払債務約4億円(金額には争いがある)と、甲がXに対して有する清算金請求権を対当額で相殺する旨を通知し、甲もXに対し、当該相殺に予め同意している旨の通知をXにしました。そこで、XがYに対して、清算金等の支払いを求めて提訴したところ、第1審、控訴審ともXの請求を棄却したため、Xが上告したところ、本判決は、以下のように判示して、Xの請求を概ね認めました。 「民事再生法92条は、再生債権者が再生計画の定めるところによらずに相殺をすることができる場合を定めているところ、同条1項は「再生債務者に対して債務を負担する」ことを要件とし、民法505条1項本文に規定する二人が互いに債務を負担するとの相殺の要件を、再生債権者がする相殺においても採用しているものと解される。そして、再生債務者に対して債務を負担する者が他人の有する再生債権をもって相殺することができるものとすることは、互いに債務を負担する関係にない者の間における相殺を許すものにほかならず、民事再生法92条1項の上記文言に反し、再生債権者間の公平、平等な扱いという上記の基本原則を没却するものというべきであり、相当ではない。このことは、完全親会社を同じくする複数の株式会社がそれぞれ再生債務者に対して債権を有し、又は債務を負担するときには、これらの当事者間において当該債権及び債務をもって相殺することができる旨の合意があらかじめされていた場合であっても、異なるものではない。 したがって、再生債務者に対して債務を負担する者が、当該債務に係る債権を受働債権とし、自らと完全親会社を同じくする他の株式会社が有する再生債権を自働債権としてする相殺は、これをすることができる旨の合意があらかじめされていた場合であっても、民事再生法92条1項によりすることができる相殺に該当しないものと解するのが相当である。」
大阪高判R5.12.19(再生) 再生手続開始決定後の信用組合の出資金返還請求権を受働債権とする相殺の主張が認められないとした裁判例裁判例の詳細を見る 再生債務者Xは協同組合であるYの組合員であったところ、Xは民事再生手続開始の決定後、Yを脱退する旨の意思表示をしました。XがYに対し、出資金返戻請求権が脱退の効力が発生する3月末の事業年度の終了日において組合財産が存在することが同年6月の控訴人の総代会において確認されたことにより停止条件が成就した旨主張して、支払を求めた事案です。再生債権者であるYが停止条件不成就の利益を放棄して行った再生債権を自働債権とし出資金返戻請求権を受働債権とする相殺が、民事再生法92条1項によって許容されるか否か等が争われました。本判決は、以下のように説示し、相殺を認めませんでした。 「民事再生法92条1項の趣旨に鑑みれば、同項により再生債権者がすることが許される相殺における受働債権に係る債務は、再生手続開始当時少なくとも現実化しているものである必要があり、将来の債務など当該時点で発生が未確定な債務は、特段の定めがない限り、含まれないと解することが相当である。この点、停止条件付債務が現実化するのは条件が成就する時であるから、未成就停止条件付債務を負担していても未だ民事再生法92条1項にいう「債務」を負担しているとはいえない。そして、同項は、未成就停止条件付債務と同様、即時の履行を請求することができない再生手続開始時点で期限未到来の期限付債務については、その後段において 同項の「債務」に含む旨を明記しているにもかかわらず、条件付債務についてはそのような規定がない。法律行為の付款である条件と期限とでは、法律行為の効力発生を成否未定の事実にかからせるか、到来することが確実な事実にかからせるかの違い(すなわち、将来において効力が発生する蓋然性の程度の相違)があることからすると、上記のような「債務」についての規律が不合理なものということもできない。本件出資金返戻請求権に付された停止条件が、成就の蓋然性が高いものであったとしても、期限と同視されるわけではない 。以上からすれば、民事再生法92条1項にいう「債務」には未成就停止条件付債務を含まないと解することが相当といえる。Yは、停止条件不成就の利益を放棄して届出期間内に相殺適状とさえなれば民事再生法92条1項の相殺は許される旨を主張する。 しかしながら、同条項が時期的な制限を含む一定の要件のもとで再生計画の定めによらない相殺を許容していることからすると、上記のようなYの解釈は、再生手続開始の時点で現実化している債務(期限付債務は、効力発生を到来確実な事実にかからせるという付款としての性質から民事再生法92条1項の解釈上は現実化していると解される。)に限定して相殺を許容する同条項の趣旨に反するものであって、採用することができない。」 |
非金銭債権等 | 相殺はできないと解されます(破産法は67条2項で可能とされていますが、民事再生法には同様の条文はありません。)。 |
なお、自動債権(=再生債権)が敷金返還請求権である場合については、賃貸借契約に関して説明しているページに記載をしていますので、以下のリンク先をご参照下さい。
⑶ 受働債権(=再生債務者の債権)が特殊な債権についての補足
期限付債権などが受働債権(=再生債務者の債権)である場合、相殺の可否が問題となることがあります。以下のように整理できます。
受働債権の内容 | 相殺の可否 |
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期限付債権等 | 再生債権者は期限の利益を放棄して相殺可能と解されます(92条1項後段)。 |
停止条件付債権 | 争いがあります(参考判例:最判S47.7.13)。なお、破産法は67条2項で可能とされていますが、民事再生法にかかる規定はありません。
最判S47.7.13(会社整理) 会社整理手続きにおいて、手続開始決定前に停止条件が成就していなければ、相殺は禁止されるとした判例(会社整理も、民事再生法と同様に破産法67条2項を準用していなかったので、この判例が参考になると考えられます)裁判例の詳細を見る X(会社整理会社)に対する債権者Yは、Xに対して貸金債権と手形債権を有していたところ、貸金債権についてXの不動産に譲渡担保を設定していました。その後Xにつき会社整理が開始された後に、Yが譲渡担保を実行したところ、被担保債権が対象不動産の金額より小さかったことからYはXに対する清算義務を負担することとなりました。XはYに対して、当該清算金の支払いを求めて提訴したが、Yは手形債権による相殺を主張して争ったところ、本判決は、以下の通り述べてXの請求を認容しました。 「株式会社の整理については、商法四〇三条一項により破産法一〇四条一号が準用されて、会社の整理開始前の原因に基づき会社に対し債権を取得した債権者は、会社の整理開始ののち会社に対して債務を負担しても、その債権をもつて会社の右債権と相殺することはできないとされているのであるが、その法意は、破産の場合におけると同様会社整理の場合においても、会社の債権者が会社に対しその整理開始後に債務を負担した場合、これと自己の有する債権とを相殺することにより会社の債権者間における平等的比例弁済の原則に反するような結果をもたらす弊害を防止しようとするにあると解される。このような法意から考えると、右にいう整理開始後債務を負担したときとは、その負担の原因または原因発生時期のいかんには関係がなく、債務を現実に負担するにいたつた時期が整理開始後である場合を意味し、たとえ停止条件付債務を内容とする契約が整理開始前に締結された場合であつても該契約締結によつて債務を負担したものということはできず、条件が成就することによつてはじめて債務を負担するにいたるものというべきであつて、整理開始後に条件が成就したときは、そのときに債務を負担したものとして相殺は禁止されるものと解すべきである。このことは、昭和四二年法律第八八号によつて追加された破産法一〇四条二号但書において、債務負担の原因またはその原因の発生時期による区別を設け、相殺の制限を除外する場合を明示しているのに対し、同条一号にはこのような規定がなされていないことからも理解できるのである。 本件についてこれをみるに、・・・Xにおいて、履行期である同年七月三一日に右債務の履行を遅滞し、よつて、Yが本件物件の引渡を受け、昭和四〇年八月一五日右約定による換価処分をして清算した結果、同日現在剰余金一一四万九五〇〇円の返還債務が発生したものであるところ、Xは、昭和三九年一一月ごろその営む毛織物類の製造販売等の業務の経営状態が悪化したため一般に支払を停止し、昭和四〇年七月七日大阪地方裁判所において会社整理開始決定を受けたが、Yは、同年八月一六日ごろその主張の本件手形金債権(最終弁済期同年三月五日)を自働債権とし、右剰余金債務を受働債権として相殺する旨の意思表示をしたものである。これによれば、右剰余金返還債務は、貸金債務の不履行に基づく本件物件の換価処分清算による剰余金の発生を停止条件とする契約に基因するものであり、右契約は会社整理開始決定前に成立したけれども、右条件の成否確定前には剰余金返還債務はいまだ発生せず、整理開始決定後に条件が成就したときはじめてYはXに対し右剰余金返還債務を負担するにいたつたものというべきであり、前記条項にいわゆる債権者が会社の整理開始後債務を負担したときに該当するものであ」る。 |
3 93条による相殺禁止(再生債権者による相殺禁止)
再生債権者が、後から再生債務者に対する債務を負担した場合の相殺が禁止される場合(及びその例外)を定めています。
民事再生法93条は、破産法71条とほぼ同じ内容です。
よって、民事再生法93条による相殺禁止の説明及び裁判例については、管理人が運営する別サイトの、破産法71条の内容を説明した(=破産債権者による相殺禁止を説明した)以下のリンク先をご参照ください。破産法71条は、民事再生法93条と読み替えて下さい。
4 93条の2による相殺禁止(再生債務者の債務者による相殺禁止)
再生債務者の債務者(=再生債務者が債権を有している先)であった者が、再生債務者に対する債権を取得した場合の相殺の可否について定めています。
民事再生法93条の2は、破産法72条とほぼ同じ内容です。
よって、民事再生法93条の2による相殺禁止の説明及び裁判例については、管理人が運営する別サイトの、破産法72条の内容を説明した(=破産債権者による相殺禁止を説明した)以下のリンク先をご参照ください。破産法72条は、民事再生法93条の2と読み替えて下さい。