このページでは、民事再生申立にあたっての保全処分等についてまとめています。なお、法人の民事再生手続を前提として記載しています。
保全処分は、申立から開始決定までの間の暫定的な処理です。民事再生手続開始の申立をするとその事実を周知するのが一般的ですが、申立の事実を知った各債権者が自己の債権を保全する行動をとると、混乱を致します。そのような混乱を防ぎ、スムーズに開始決定に進めるためのものが、保全処分等になります。
1 保全処分の準備 保全処分の例外の定め方が重要です。
保全処分としては、再生手続開始の申立と同時に、弁済禁止の保全処分の申立てを行うのが一般的です。
保全処分の申立にあたっては、保全処分の例外として支払うことが可能な少額債権の金額を決める必要があります。さらに事業を毀損しないため保全処分の例外として支払う対象を広げる場合もあり、どのような債権を支払う必要があるか(支払うことにするか)を、裁判所とも相談のうえ、決める必要があります。
一般的な保全処分の例外としは、以下のものがあります。
租税 |
従業員の給料(雇用関係により生じた債務) |
事務所の賃料、水道光熱費、通信に係る債務 |
リース料(事務所の備品に限る場合もある) |
少額債権(金額はケースバイケース) |
なお、保全処分は、開始決定までの暫定的なものです。開始決定が発令されると効力を失いますので、保全処分の例外規定も当然効力が無くなりますので注意が必要です。従業員が保全処分の例外が開始決定後も効力があると誤解をして、開始決定後に支払ってはいけない再生債権を支払ってしまうことがあるので、従業員に丁寧に説明をして理解を得ておく必要があります。
2 保全処分以外の発令を検討すべき場合
⑴ はじめに
すでに再生債務者の財産に対する強制執行が開始されている場合は中止命令(民事再生法26条)を、競売手続が開始されている場合には担保権実行の中止命令(民事再生法31条1項)の発令が必要になる場合もあります。
弁済禁止の保全処分以外に再生債務者の財産の保全するための方法として、以下のものがあるので、再生債務者の状況に応じて、中止命令や包括的禁止命令などの申立ての要否及び内容について検討を行い準備をする必要があります。
なお、中止命令、包括的禁止命令は、滞納処分には及びません。
⑵ 中止命令(民事再生法26条)
以下の手続きを中止する必要がある場合に中止命令を検討します。なお、再生手続開始決定により、これらの手続は当然に中止ないし失効します(民事再生法39条1項)
・破産手続、特別清算手続
・強制執行、仮差押え等(中止の対象に滞納処分や、民事留置権による競売手続を除く担保権の実行は含まれません。)
【要件】
・必要があると認められること
・強制執行等を中止する場合には、当該手続の申立人である再生債権者等に不当な損害を及ぼすおそれがないこと
⑶ 担保権実行の中止命令(民事再生法31条)
担保権の実行手続を一時的に凍結するための手続です。
【要件】
・再生債権者一般の利益に適合すること
・競売申立人に不当な損害を及ぼすおそれがないこと
・被担保債権が共益債権又は一般優先債権でないこと
⑷ 包括的禁止命令(民事再生法27条)
・強制執行等が多数ある場合に(将来多発することが予想される場合を含む)、全ての強制執行を中止するための手続です(中止の対象に民事留置権による競売手続を除く担保権の実行及び滞納処分は含まれません。)。
再生手続開始決定により、これらの手続は当然に中止ないし失効します(民事再生法39条1項)。
【要件】
・中止命令では再生手続の目的を十分に達成することができないおそれがあると認めるべき特別の事情があること
・保全処分、監督命令、保全管理命令のいずれかが発令されていること
⑸ 否認権の保全処分(民事再生法134条の2)
否認該当行為がある場合、否認権を保全するために、仮差押え、仮処分その他の保全処分を申立てるものです。
【要件】
・開始決定前であること
・否認権を保全するために必要があると認められること
⑹ 役員査定申立に係る保全処分(民事再生法142条2項)
役員の責任追及をする可能性がある場合に、役員の個人財産に対する保全処分を申立てるものです。
【要件】
緊急の必要があること
3 保全処分の効果等
⑴ 保全処分違反の効果は、相手方が悪意であれば無効
保全処分違反の弁済は、相手方が悪意の場合は無効となります(民事再生法30条6項)。
また、保全処分違反は役員の賠償責任(民事再生法143条)の対象となったり、手続廃止原因(民事再生法193条1項1号)ともなります。
⑵ 保全処分を原因とする債務不履行解除は認められていません
保全処分を理由とする債務不履行に対して、相手方は債務不履行解除はできないと解されています(最判S57.3.30、東京地判H10.4.14など)。
最判S57.3.30(会社更生)
甲社に代金分割払いで動産を所有権留保により売却したXが、会社更生を申立てた買主甲社の管財人Xに対して、売買代金の履行遅滞を理由とする解除を主張した事案で、裁判所は、「更生手続開始の申立のあつた株式会社に対し会社更生法39条の規定によりいわゆる旧債務弁済禁止の保全処分が命じられたときは、これにより会社はその債務を弁済してはならないとの拘束を受けるのであるから、その後に会社の負担する契約上の債務につき弁済期が到来しても、債権者は、会社の履行遅滞を理由として契約を解除することはできないものと解するのが相当である」として、売主からの売買契約の解除の効力は生じないとしました。
東京地判H10.4.14(会社更生)
会社更生を申立てた賃借人甲社が弁済禁止の保全処分命令に基づき賃料の支払を行わなかったことにつき、賃貸人Xが、甲社の保全管理人Yに解除の意思表示をした事案で、「会社更生法39条の規定により、いわゆる旧債務弁済禁止の保全処分が命じられたときは、これにより会社はその債務を弁済してはならないとの拘束を受けるのであるから、その後に右旧債務に属する未払賃料等の支払を求める催告があったとしても、会社はその債務を弁済してはならないのであり、したがって、会社が右催告に応じて賃料等の支払をしなかったとしても、右賃料等の不払については違法性がないものといわなければならない」として賃貸人の解除の効力は生じないとしました。