このページは特別清算における、清算会社の債務者による相殺の禁止及びその例外について(会社法518条)を説明しています。

清算会社の債務者が、後から債権を取得し相殺を主張することは、原則として相殺が禁止されています(会社法518条1項)が、例外があります(会社法518条2項)。

1 会社法518条1項(相殺禁止の原則)

⑴ 清算会社の債務者による相殺禁止の規律(まとめ)

会社法518条1項各号は、債務者が、危機時期以降に清算会社に対して債権を取得した場合の相殺禁止を規定しています。

号番号時期債権者の主観裁判例
2号支払不能後支払不能について悪意 
3号支払停止後支払停止について悪意 (支払不能でない場合を除く)
4号申立後申立について悪意
1号開始決定後 事務管理に基づく立替払いによる求償権を自働債権とする相殺は、原則として許されません(名古屋高判S57.12.22)。
開始前というためには、対抗要件も開始決定前に具備する必要があります(東京地判S37.6.18)
委託を受けない保証人が開始後に弁済した場合の求償権を自働債権とする相殺は許されなせん(最判H24.5.28)。

支払不能、支払停止の意義や裁判例については、以下のリンク先をご参照下さい。

⑵ 清算会社の債務者による相殺禁止に関する裁判例

名古屋高判S57.12.22(破産):破産手続開始決定後の事務管理に基づく求償債権を自働債権とする相殺は認められないとした裁判例

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注文者Yから工事を請負い、その工事の一部を下請け業者Bに発注した甲社が、Yの甲に対する工事代金、甲のBに対する工事代金がそれぞれ未払いの状態で、破産手続開始決定がなされました。開始決定後に、BはYに対して未払いの工事請負代金を直接請求し、YはBに対して工事代金を支払った。
甲社管財人XがYに対して未払いの工事代金を請求したところ、Yは下請業者に対する支払によって生じた求償権債権を自働債権とする相殺を主張して争い、第1審がXの請求を棄却したため、Xが控訴しました。
本判決は、「破産宣告後の事務管理に基づく求償権債権を自働債権とする相殺を有効と認めるならば、訴外Bの有する破産債権は破産手続によらずして弁済されたのと同じ結果を容認することになる上、これはあたかも破産宣告後に他人の破産債権を取得し、これを自働債権として相殺をなす場合と異ならないのであって」、Yの相殺は破産法104条3号(現破産法72条1項1号)により許されないとし、Xの請求を認めました。

東京地判S37.6.18(特別清算) 債権の譲受けが開始決定前であったとしても対抗要件の具備が開始決定後である場合は、相殺は禁止されるとした裁判例(特別清算の裁判例ですが、当時の特別清算は破産法を準用していたため、破産法104条2項(当時。現行破産法71条)の解釈が争われています。)

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XはYに対し売掛金を有している状態で、解散し、特別清算手続を開始したのち、売掛金の支払いを求めて提訴しました。
かかる訴訟で、Yが甲社から譲り受けた甲社のXに対する債権での相殺を主張し、Xは当該債権譲渡はXの支払停止の事実を知りながら譲り受けたものであり、かつ債権譲渡の通知は特別清算開始決定後になされたものであるから相殺することは許されないとして争いました。 本判決は、「取得原因は破産宣告前であつても宣告後初めて対抗要件を具備した場合には本規定が適用されると解するのが相当である。蓋し、対抗要件を具備したときをもつて前記第104条第2号の適用を考えることは、債権譲渡が何時行われたか必ずしも明確でない結果、故意に破産宣告前債権の譲渡を受けたとの虚偽主張等によることの紛争を防止し、対抗要件の具備をもつて画一的に処理することが破産債権者の保護その他破産制度の運用上望ましいのみならず、他面債権譲受人も亦譲受後直ちに対抗要件を具備すればその利益を護ることができるものであるから、上記の解釈は債権譲受人に対し不当な不利益を与えるものでなく、従つて相殺制度の基礎である債権債務の相互担保の作用をこの場合まで尊重する必要を見ないからである。以上の理は破産の場合のみでなく特別清算の場合における相殺禁止についても異ならない。」としてXの請求を認容しました。

最判H24.5.28委託を受けない保証人が開始決定後に弁済した場合の求償権を自働債権とする相殺は許されないとした判例

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甲ら(破産者)の委託を受けないで、Y銀行は、甲らのAに対する債務につき保証をしていたところ、甲らは破産手続開始決定を受け、Xらが、破産管財人に選任されました(正確には、管財人が途中で変更されています)。Xらの破産手続開始決定後、Yは当該各保証契約に基づく保証債務の履行をし、求償権を取得しました。その後、Xらが、甲らのY銀行にある当座勘定取引契約を解約し、払戻しを請求したところ、Yは保証債務の履行により取得した求償債権と当座勘定取引契約に基づき甲らがYに対して有する債権とをそれぞれ対当額において相殺する旨の意思表示をして争いました。 第1審、控訴審ともYの相殺の主張を認めたため、Xらが上告したところ、本判決は「破産者に対して債務を負担する者が、破産手続開始前に債務者である破産者の委託を受けて保証契約を締結し、同手続開始後に弁済をして求償権を取得した場合には、この求償権を自働債権とする相殺は、破産債権についての債権者の公平・平等な扱いを基本原則とする破産手続の下においても、他の破産債権者が容認すべきものであり、同相殺に対する期待は、破産法67条によって保護される合理的なものである。しかし、無委託保証人が破産者の破産手続開始前に締結した保証契約に基づき同手続開始後に弁済をして求償権を取得した場合についてみると、この求償権を自働債権とする相殺を認めることは、破産者の意思や法定の原因とは無関係に破産手続において優先的に取り扱われる債権が作出されることを認めるに等しいものということができ、この場合における相殺に対する期待を、委託を受けて保証契約を締結した場合と同様に解することは困難というべきである。
 そして、無委託保証人が上記の求償権を自働債権としてする相殺は、破産手続開始後に、破産者の意思に基づくことなく破産手続上破産債権を行使する者が入れ替わった結果相殺適状が生ずる点において、破産者に対して債務を負担する者が、破産手続開始後に他人の債権を譲り受けて相殺適状を作出した上同債権を自働債権としてする相殺に類似し、破産債権についての債権者の公平・平等な扱いを基本原則とする破産手続上許容し難い点において、破産法72条1項1号が禁ずる相殺と異なるところはない。
 そうすると、無委託保証人が主たる債務者の破産手続開始前に締結した保証契約に基づき同手続開始後に弁済をした場合において、保証人が取得する求償権を自働債権とし、主たる債務者である破産者が保証人に対して有する債権を受働債権とする相殺は、破産法72条1項1号の類推適用により許されないと解するのが相当である。
」として相殺を認めませんでした。

2 会社法518条2項(相殺禁止の例外)

⑴ 会社法518条2項(相殺禁止の例外)

会社法518条1項に基づき、相殺が禁止される場合であっても、同項2号から4号まで(=開始後以外)については、自働債権(=清算会社に対する債権)が以下の場合には相殺が許されれます。

号番号内容裁判例
1号「法定の原因」に基づく債権の取得・委託を受けないで破産者の債務を支払ったことによる事務管理による費用償還請求権の取得は「法定の原因」とはいえない(大阪高判S60.3.15)。
2号支払停止等を知るより「前に生じた原因」に基づく債権の取得「前に生じた原因」にあたり相殺が許されるとした裁判例として以下のものがあります。
・約款に基づく元請業者の孫請業者に対する手続開始前の立替払いによる相殺(東京高判H17.10.5
・銀行の手形割引依頼人に対する買戻請求権の行使による買戻代金請求権による相殺(最判S40.11.2
3号「特別清算開始の申立てがあった時より1年以上前に生じた原因」に基づく債権の取得 
4号「清算会社に対して債務を負担するものと清算会社の契約」による破産債権の取得 

⑵ 会社法518条2項(相殺禁止の例外)に関する裁判例

大阪高判S60.3.15事務管理による費用償還請求権の取得は「法定の原因」とはいえないとした裁判例

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破産者甲の破産管財人Xが、破産債権者Yの相殺が無効であるとして争った事案において「YのAに対する甲の債務の支払は、・・・甲の依頼がなく、かつ甲の意思に反し、又は甲の不利なることが明らかでない場合であるから、事務管理による支払となり、Yは事務管理による求償権を取得した(民法702条1項)と解される。しかしながら、Yの求償権の取得は事務管理に基づくとはいっても、Yの作為によるものであつて、・・・到底破産法104条4号但書の法定の原因による債権取得とはいえない。これを実質的にみても、・・・破産債権者間の公平及び破産財団の保持をはかるために設けられた破産法104条の相殺禁止の趣旨にもとることになるものである。」としました。

東京高判H17.10.5(再生):元請業者が孫請業者に対して約款による立替払いをした場合、原則として再生債務者である下請業者との間で相殺が許されるとした裁判例

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元請業者Yの下請業者Xに対する工事代金及び、Xの孫受業者Aに対する工事代金がそれぞれ未払いの状態で、Xが民事再生を申立てたところ、民事再生手続開始決定前に、Yが請負契約の約款に基づいてAに対してAのXに対する未払工事代金を立替払をしたうえで、Xに対する請負代金と当該立替払いに基づく立替払金求償債権の相殺を行いました。これに対し、XがYに対して、相殺が認められないとして、未払いの請負工事代金を請求したが、第1審がXの請求を棄却したため、Xが控訴しました。
本判決は、「元請業者が孫請業者に対して工事代金の立替払をするとともに二重払を避けるために立替払金返還請求権と下請工事代金債務とを相殺することは、孫請業者の途中変更を回避して建築物の工期内完成、品質の同一性確保及び瑕疵修補責任の所在の明確化を図るために必要であるばかりでなく、孫請業者への立替払自体が孫請業者(労働者)の工事代金(賃金)債権を保護する観点から建設業法において法的保護の対象とされていることや、本件相殺を認めても相殺権の濫用のおそれがないことに照らすと、本件相殺約款によって生じていた元請業者の上記相殺への期待はこれを合理的なものとして保護するのが相当である。したがって、本件相殺は、立替払金返還請求債権の債権者であるYが債務者であるXによる民事再生の申立てを知ったときより前にXとの間で合意していた本件各約款に基づいてされたものであ」り、「前に生じた原因に基づくとき」に該当するとして、Yの相殺を認め、控訴を棄却しました。

最判S40.11.2(破産):手形割引依頼人の破産手続開始決定後、銀行の破産者に対する買戻代金請求権による相殺が許されるとした判例

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甲社の破産管財人Xが銀行Yの定期預金の払い戻しを求めて提訴したところ、銀行Yが手形割引にかかる買戻代金請求権による相殺を主張して争いました。 本判決は,「銀行Yの破産管財人Xに対する手形金支払請求権は、銀行Yの買戻請求権の行使によつて初めて発生する債権ではあるが、その買戻請求権は、破産者甲が支払停止をする前である・・・の本件手形割引契約を原因として発生したものであることはいうまでもないから、該買戻請求権行使の結果発生した手形金支払請求権をもって、旧104条4号但書(注:現行破産法72条2項2号)の『支払ノ停止若ハ破産ノ申立アリタルコトヲ知リタル時ヨリ前ニ生シタル原因ニ基』づき取得したものと解した原判決の法律上の判断は、正当であつて、同条の解釈を誤つた違法は認められない。」とした。