会社の業況が悪化していてたとしても、なんとか事業を継続しようとしてやや無理をして取引を継続することは、一般的にみられるところです。
一方で、取締役は、その職務により第三者に損害を与えた場合。悪意・重過失がある場合、損害賠償責任を負います(会社法429条1項)。
そこで、会社が倒産した後、損害を被った会社の取引先が取締役に対して損害賠償請求をすることがあります。金融機関からの借り入れについては、①経営悪化時に資金調達は既に困難になっていることが多く新規融資を受けられることがそもそもない、②金融機関には資金繰り表など諸資料を提出しており、当該資料が虚偽であった場合を除き、金融機関の側でも適切に判断をして貸出を行っていることが一般的であるといった事情から、取締役の責任が問題となる事例はあまりありません。
しかしながら、取引債権者に資料を出すこともないですし、資金繰りが厳しくても普段となんら変わらないように仕入等を行うことから、倒産時に問題となることが時々あります。
経営悪化時に債務を負担することについて取締役の責任が認められるか否かは、経営判断の原則が適用されるかどうかによっても結論がかわってきます。
経営判断の原則についてはこちら⇒取締役の経営判断の原則とは?(別サイト)
例えば、福岡高宮崎支判H11.5.14は、経営判断の原則の適用を否定して、取締役の責任を認めた事例になります。
福岡高宮崎支判H11.5.14の詳細を見る
破産した甲社に対し継続して商品を納入していたXが、甲の取締役Yに対し、取締役の第三者責任に基づき損害賠償請求をしました。本判決は以下のように説示して、Xの請求を認めました。
「Yは、代金決済の見込みがないのに悪意又は重過失によって本件仕入取引を行ったものと認められる。・・・本件に、経営状態が悪化し破綻の危機に瀕している企業においては、冒険的、投機的とも思われる経営判断をすることも、それが著しく不合理であるなどの特段の事情のない限り、取締役としての任務の違背にはならないという、いわゆる経営判断の原則を適用して、取締役の注意義務を軽減すべきであるかについて検討する。まず、本件のように代金支払の見込みがないのに商品を仕入れる行為は第三者に対する直接の加害行為であるところ、破綻の危機に瀕している企業が状況打破のために冒険的、投機的な経営をすることも株主との関係ではときに正当化されることがあるとしても、第三者である取引先との関係では、単に危険な取引を強いるだけで、これを合理化する根拠はないのであって、取締役の注意義務を軽減すべき理由にはならない。第三者との関係においては、経営が逼迫している状況下では、その損害を回避するため、事業の縮小・停止、場合によっては破産申立をすべきではないかを慎重に検討する必要があるというべきである。・・・多量の商品を仕入れた行為は著しく不合理な判断というべきである。・・・Yは、代金決済の見込みがないにもかかわらず、そのことを知りながら、又は、重大な過失により知らずに、本件仕入取引を行い、Xに損害を与えたもので、Xに対し商法266条の3第1項所定の損害賠償責任を負うべき立場にある。」
また、大阪高判H26.12.19も、役員の責任を認めています。
一方で、東京地判H22.11.16や、高知地判H26.9.10(控訴審も同内容)などのように、責任を認めない事例もあります。
高知地判H26.9.10の詳細を見る
破産した甲社の取引債権者であるXが、甲の取締役Yらに対し、取締役の第三者責任に基づき損害賠償請求をしました。本判決は以下のように説示して、Xの請求を認めませんでした。
「本件においては、Yらが、債務超過の状態にある甲社の取締役として、同社の事業を継続させるかどうか、同社の再建や清算などの可否も検討した上で、主たる会社債権者であったXとの取引を中止し、甲社の事業を整理すべき注意義務(善管注意義務)に違反したかどうかが争点となるところ、このような会社の事業を整理(廃業)するかどうか、整理する場合の時期や方法などをどのようにするかといった判断を行うに当たっては、当該企業の経営者である取締役としては、当該企業の業種業態、損益や資金繰りの状況、赤字解消や債務の弁済の見込みなどを総合的に考慮判断し、事業の継続又は整理によるメリットとデメリットを慎重に比較検討し、企業経営者としての専門的、予測的、政策的な総合判断を行うことが要求されるというべきである。もっとも、このような判断は、将来予測も含んだ、いわゆる経営判断にほかならないから、取締役には一定の裁量判断が認められ、その裁量判断を逸脱した場合に善管注意義務違反が認められるが、その違反の有無については、その判断の過程(情報の収集、その分析・検討)と内容に著しく不合理な点があるかどうかという観点から、審査されるべきである。また、その際には、取締役の第三者に対する損害賠償責任を定める会社法429条1項が、単なる任務のけ怠ではなく、『悪意又は重大な過失』に限定している点も十分に斟酌すべきである。・・・甲社の資産や損益の状況をみる限り、一定の時期において、甲社の清算整理を検討すべき状況にあったにせよ、甲社の事業の内容、甲社のXに対する買掛金の支払状況(資金繰りの状況)、平成23年度における甲社の清算整理の計画の内容などをみる限り、結局、同年8月までに甲社の事業の整理を検討決定しなかったYの判断の過程及び内容が著しく不合理なものということはできず、結局、Yに注意義務違反があったと認めることはできないというべきである。」
なお、いずれも事例判断で、諸般の事情を勘案して判断をしています。悪意・重過失の判断となりますので、どうしても明確な基準がたてにくいところです。
取締役としては、難しい判断が迫られることになりますが、後に責任を問われえるリスクを考えて、会社再建ができる可能性、その検討にあたってきちんと情報を収集すること、取引先に虚偽の説明をしないことなど、一定のラインを守ることが大切です。
このあたりが法律の難しいところでもあり、面白いところです。